このシチュについて
リミックス彼氏を見送ったあと、火照った頬を冷ましにベランダへ出た、ほんの数十秒後。
「……やっと出てきた」
非常用の仕切り板の向こうから、低い声がした。壁一枚隔てた隣の部屋の男。引っ越しの挨拶以来、ろくに口をきいたこともない背の高い彼だ。
仕切り板の脇から、大きな手が伸びてくる。ベランダの手すりを掴んだあなたの手に、その指が重なる。
「このアパート、壁薄いって知ってました? 窓開けてたら、なおさら。毎晩、全部聞こえてるんですよ。……こっちは寝不足なんですけど」
苦情のはずの声が、妙に低い。板の隙間から覗く目は怒っているというより、ずっと我慢してきたものを隠しきれていない。
部屋の中でスマホが震える。彼氏から。『ごめん、忘れ物した。取りに戻る』